社員研修の有効な活用方法(米国Prudentialからの学び)

従業員研修の有効性向上に向けた環境整備

クライアント企業で、若手社員向けの研修を行ってきました。全国の会場をオンラインで結び、北は北海道・南は福岡まで様々な事業所の方に受講頂きました。集合型とリモート型を掛け合わせた研修で、インタラクティブな形にするのは課題ですが、企業側も交通費の削減になるので対象者の拡張や研修動画の継続活用などの利点もあり、コロナ禍で研修サービスは進化したテーマの一つだと改めて感じました。

さて、昨今「人的資本(Human Capital)」という言葉をよく耳にすると思います。

わが国のROE経営の先導役を担ったと言われる一橋大学の伊藤邦雄先生が中心となり、2020年9月に経産省から発表された「人材版 伊藤レポート」で「人的資本経営」について触れられたり、2021年のCGコード改訂の中でも人的資本に関する情報開示項目が追記されるなど、その注目度は大手企業を中心に高まっています。

上場企業の中では、従業員エンゲージメントなどに関する開示を欧米企業のように広めるべく、統合報告書やアニュアルレポートを通じて取組みを紹介したり、ESG Fact Sheetのような形で定量的なデータを外部に公表するケースも増えつつあります。

ちなみに、人的資本という考え方は、読んで字のごとく、「人」を資本と考えることになります。つまり、従来の人的資源(Human Resource)という材料等のように人材を費用的に捉えるのではなく、資本として投資を行い価値を高めていくことが必要なものというように概念を変えるものになります。

言葉遊びの部分もありますが、内容そのものは至極まっとうなものですし、従来から一部の超絶ブラック企業を除いて、企業は人で成り立っていますし、採用した人を育てることが組織の成長には不可欠なので、無意識のうちに人的資本経営の重要さは意識されていたと思います。

今後は、無意識で行われたいた人に対する取組みや施策をより定量的に捉え直し、より有効な手立てを打ち出し、そしてPRできる企業がこの分野では成功していくことが想定されます。規模の小さい企業でも、人材不足は今後一層深刻な課題であるため、限られた予算をどのように人材に配分していくかは死活問題にもつながる重要なポイントです。

その昔、生保時代に人事業務を行っていたときに「1万円の価値を考え抜け」ということを最初に教わり、今でも大事にしている信念があります。

1万円の価値とは

1万円のベア(昇給)に必要な予算は(当時は約4万名の営業員が在籍)、年間で最低50億円と相当な金額。
一方で、本人の手に渡るのは天引きされてほんの一部で、効果はいかばかりのものだろうか、50億円の利益をペイするに値するだろうか。
人事業務に携わる者は、大局観で、人に投資したものの回収にもっと責任感を持って、その投資が未来の人材育成から回収できる仕組みか考え抜き、打ち出すことが必要で、考えの放棄でバラマキのベアには手を出すなというものでした。

このような考え方は、日本の賃金が上がらなかった根幹だという向きも今ではあるかもしれないのですが、思考停止によるバラマキを行わないことの大切さを説いてくれており、その矜持を大事にしているということが申し上げたい部分でした。あわせて、人材投資は即効性のあるものばかりではないので、どういうストーリーを描き、回収していくかが大切な部分でもあり、投資したからには結果にコミットすることも重要な要素だと信じています。

例えば、今回実施させていただいた研修も、人的資本への投資を強化する一環です。実際に、従業員へのエンゲージメントとして、研修を増やしたり、見直す企業は増えています。

たしかに、研修というのは人事部の担当者からすれば、予算も1コマ数十万円程度で手軽なため活用しがちな施策ですが、投資という以上は、その効果を測定する仕組みはどれほどの企業が設けているでしょうか?
おそらく、研修のアンケートはとっているでしょうが、その後の効果を測定できているケースはまだ少ないという認識です。私はクライアント企業には、研修を行う際には、その後の効果測定や仕組み構築についても必ずアドバイスをしています。確かに研修の効果やフォローといっても、何をもって効果とするかは難しいですが、それを理由に効果測定を行っていない(やっても無駄)企業も多いのではないかと危惧しています。

私は、10年以上前にアメリカのPrudential生命(日本でもジブラルタロックで有名な会社の米国本社)に出向していたのですが、一番感心したのが、定量化に対する熱量の高さでした。

出向していた部門は、個人営業関連の部門ですが、営業関連の取組みや組織・機能(企画部門・教育部門・マーケティング部門など)は日本の会社とほとんど同じでしたが、各種施策に対するマインド、モチベーションや研修の効果などの定性的な内容を定量化して測定することへの研究が日々行われていることが一番驚きました(しかも10年以上前に)。
業種すら異なるものの、確かに大谷翔平の影響でメジャーリーグを観る機会が増えましたが、野球好きな方は日米野球のデータや統計値(Stats)の深みの違いをまざまざと感じたことと思いますし、それに近い衝撃が当時ありました。

ただ、彼らが当時、最先端の手法を用いていたかというと、研修部門の定量化手法も、相関関係の説明に強引な手法を用いる場合やサンプル抽出に問題があるなど、私のように統計学をかじっていた者からすると、受け入れがたい部分や手法もありましたが、純粋に定量化することへの熱量は強かったです。(日本で同じ事をすると、どうしても完璧を求めすぎて断念する傾向にあることがありますし、転勤制度のため断続的なフォローが弱い部分があります)

彼らから学ぶ点としては、研修のような施策も会社が投資を行う以上、その有効性をフォローする仕組みを構築・改良する風土を築くことです。
研修のやりっぱなしや形だけのフォローアップではなく、研修コンテンツの改善や充実を図る上でも、是非、研修の強化とあわせて取り組みたい内容です。

まずは、簡単なところから始めるならば、研修の目的に応じた指標が改善するかモニタリングすることと、研修実施者を巻き込んだフォローアップが有効だと思います。たとえば、ハラスメント研修を行えばハラスメントが減らなければ意味がないですし、営業系の研修を行えば営業成績やプロセスが改善しないといけないです。このようなKPIを研修の企画者(人事部等)に加え、研修実施者(業者等)もコミット(自分事化)することが重要です。

むろん、研修に過度な期待をよせるのは非現実的ですが、投資する以上は費用対効果を経営層に伝えていく仕組み作りは必要な取組みと考えます。

最後に、普段研修を行う者として、有効な研修を提供するコツを経営者・人事担当者の方向けにアドバイスします。

有効な研修を行うための業者の活用方法

  • 研修のテーマだけでなく、研修の目的を具体的(いつまでに、何を求めるか)に説明
  • 研修前に、自社のことを説明する機会を設定
  • 研修テーマに対し、相応しいバックグランドがあるか人事担当者が見極めを実施
    (業者は「基本できます」のスタンスなので、見極めは重要)
  • 研修前に、研修の概要を人事担当者が確認
    (ペーパーだけでなく打ち合わせを行い内容やメッセージを確認)
  • 研修を通じたKPIやどういう測定・フォローが必要か意見交換
  • 研修後も活用する場合は、業者向けにインセンティブを用意

ちなみに、研修担当者が期待に添えないときもあります。この場合は、苦情の一つでも入れたくなりますが、このように結果が芳しくない場合は苦情を申し伝えるよりも、あっさり切った方が後腐れなくて良いと思います。

多くの研修担当者は、採算性や日々のノルマもある(私のように本業が生業で、事務所の収入は副業で採算性をあまり考えてないのは少数かもしれませんが)ので、どこまで親身にクライアント目線でサービスを提供できるかは分かりませんが、目標やビジョンを共有して取り組むことは重要と思います。
是非、自社を理解して貰い、長く付き合える人事関係のパートナーが見つかると心強いと思いますので、自社の従業員同様、外部を巻き込んだ取組みが広がると喜ばしい限りです。