ワタミ問題から見えてくるジレンマ(労働時間は世代間の考え方のギャップの相互理解が必須)

難易度を増す労務管理と企業経営のバランス感覚

以前、ブラック企業大賞という不名誉な称号を与えられたワタミの執行役員が次のような発言をして物議を醸しているようです。

「残業に関してはですね、会社の考え方として、残業は必要に応じてして下さい、というスタンスですけれども。ただし皆さんの健康を考えて45時間というのを目安にしてます。ですから45時間というのを一つの目安として、上長とご相談をしてみて下さい。ただ11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」
「一番の優先順位を営業活動にすると。残業守る、ということじゃなく、営業活動するということを最重要に考えて頂いて、11月、頑張って下さい」

https://news.yahoo.co.jp/articles/2840ab04b461daaf33d88ac387d914e000c376ed

文字に落とされると「ドキッと」する方もいるかもしれないですし、読み手によっては会社人として当たり前のことを言っているような気もするでしょう。(会社名に引っ張られて、ネガティブに読んでしまう方も少なからずいるでしょう。)

私の場合は、現場レベルでは「残業時間はコントロールしながら、各人うまくやってくれ。」などという曖昧なマネジメントや指示がまだ残っており、会社として方針を示してほしいという現場の中間管理職からの声もあっての示達が上記のコメントなのかとついつい邪推してしまいます。

ただ、これは他人事ではなく、「残業時間はコントロールしながら、各人うまくやってくれ。」に近しいことは、皆さんの職場でも耳にすることはないでしょうか?

最近では社内情報(特に人事関連の情報や経営者の発言等)が容易く流出することも珍しくはないため、疑心暗鬼になりながら管理職も発言する必要があり、半ば自分は「残業時間について注意を促した。」という保険を打つための表面的な会話や伝え方に苦慮する姿も散見されます。

私の場合、本業はコンサル会社でマネジャー職にあるため、上記のようなコメントをする管理職の方の気持ちもわかる部分もあります。さらに仕事柄、自社以外の様々な企業の組織・人事のお悩み相談にも応ずる機会があるので、会社としても昨今の働き方改革や若手社員への対応にも課題意識を抱えている企業が多いことを身をもって感じております。

現実世界では、企業経営を行ううえで、書入れ時というものは存在し、それに応じて予算(時にノルマ)が設定されています。民間企業の場合は、人々の行動や物流などを予測し、適時適切なアクションを採ることは不可欠です。その視点で、先のワタミの執行役員の方のコメントを読み返すと、目標達成がまずもって必達で、そのための残業は必達条件に不可欠なプロセスであるなら致し方ないという発言になります。目標達成が各人にとって、どこまで重要かにもよりますが(会社倒産の危機に瀕する状態なのか、単なる名誉や評価のためなのかなど)、こうしてメディアを通じて報じられると、正直それどころではなくなってしまいます。

今回のようなケースは、非常に複雑な問題ですが、同じような問題やジレンマを抱えている組織は少なくないと思います。

今回のケースのような企業の相談を受けることもありますが、たいていの場合に当てはまる根本的な問題を挙げるとしたら、「45時間に近い時間外労働が常態化(当たり前化)」していたことと「人事制度が時間給制に近しい仕組み」になっている可能性です。

45時間に近い時間外労働が常態化

普段から、45時間という目安(労基法の改正で逆立ちしても、時間外労働45時間の壁は年6回迄で、違反すると罰則)をスタンダードに従業員への勤務時間を調整している組織や45時間までは就業するのが通常という先入観を持った従業員が多い組織は少なくないです。

そうすると、時間外の部分まで含めてそれが定時という意識がなんとなく浸透しており、販売促進月間などのような繁忙期にはさらなる長期残業になり、負のスパイラルにつながりかねません。加えて、日常的に残業が常態化していると、ルーティンを行うだけで手いっぱいとなり、新しいチャレンジやクライアントへの手厚いサービスといった新しい付加価値業務にまで手が回らなくなります。

このような悩みは様々な組織であり、その解決に向けた支援を行ったりしますが、当初、残業の常態化は人手不足が要因と皆さん口を揃えて仰ります。しかし、実際に調査をしていくと、仕事のスピードのばらつき、手待ち時間の常態化、仕事の配分の偏りなど、人手不足以外の要因が相当洗い出されていきます。リモートワークになり、「本当にみんな仕事してんの?」という疑問が如実になってきているのが、顕著な例だと思います。これまでも、多くの方はそういう認識はありながらも、メスを入れるのが怖い部分だったので、あえて目を背けていた部分でもあります。しかし、しっかりと調査をすると、残業時間を無意識のうちに調整し、45時間に近い時間で仕事を終えるように調整しているケースも散見されます。

自社の状況を把握するには、業務や各人のパフォーマンスの棚卸を行うことは非常に有効な手立てです。(日本のマニュファクチュアリングの現場では、このようなKAIZEN活動を徹底的に行っているので、元来苦手なわけではないのですが、内勤業務となると急に消極的になるのが七不思議のひとつです。)

ただ、人事は理屈よりも感情といわれるほど、正論だけでは反発を招く世界なので、糾弾するためやサボっている人間を炙り出すために業務の棚卸・見える化をすると散々な結果になるので、その際は制度の見直しとセットで行うことが必要になります。

人事制度が時間給制に近しい仕組み

多くの会社では、そうはいっても残業代というものがあり、同じルーティンでも早く仕事をこなしても、将来的な昇格はともかく目の前の報酬は、時間をかけた人間のほうが高くなりがちです。(中小企業では、同じ時間働いて業務量にばらつきがあってもほとんど同じ金額を支払うなど)

そうすると、パフォーマンスで評価されるのではなく、何時から何時まで働いたかという時間奉仕型の働き方から抜け出すことが難しくなります。

年次や業種にもよりますが、時間給的な働き方にならざるを得ない職種はともかく、もう少し自分たちの仕事やパフォーマンスに自信を持てるような仕組みが大切だと思います。そういう話をすると、成果主義だとか、ジョブ型の導入という話になりますが、それよりも単純な話で、同じ仕事量で仕事が遅い人のほうが残業代で報酬が高くなってしまうような仕組みがある組織は、そのような矛盾に手を入れることが重要です。

制度一つですべてが好転することは期待しないほうがいいですが、少なくとも組織が目指したい方向と制度が矛盾しているケースは本当によく目にします。だとすると、まずはそこに手を入れるのはセオリーです。どうせ制度を変えたとこで、などという嘆きも耳にしますが、築きたい文化・風土に向けた取組は、今後、限られた労働人材を確保するうえでも重要なので、もっと人事施策に注目が集まることを期待しています。

特に中堅・中小企業では、最大公約数的な制度設計が求められる大企業の場合と異なり、仕組みを見直すハードルは低く、素早い対応ができる一方、制度の見直しで人材の流入・流出のインパクトも大きいです。だからこそ、経営者の思い付きや暴走ではなく、壁打ち相手を選定し、週に1時間でもいいので、自分の考えを吐き出し、整理してもらいながら進めていくパートナーを見つけ、ハンズオンで慎重かつロジカルに物事を進めていくことが肝要です。

またの機会に、実際のコンサルティング事例も紹介できればと思います。